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嫌われる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教え

  • 投稿カテゴリー:自己啓発

嫌われる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教え

今まで出会ったことの無い視点、考え方が多数ありました。
曰く、アドラーの教えを身に着けるには、それまで生きた時間と同じくらいの時間がかかるということでしたが、現在トライしてみています。

印象に残ったところを以下にまとめます。

・人間なにかしらの「目的」に沿って生きている。それが目的論。

・大声を出すことによって、ミスを犯したウエイターを屈服させ、自分の言う事をきかせたかった。その手段として怒りという感情を捏造した。>怒りとは出し入れ可能な道具。

・大切なのは、「何が与えられているか」ではなく、「与えられたものをどう使うか」

・「自分の事が嫌い」だという人>他者から嫌われ、対人関係の中で傷つくことを過剰に恐れている。>そういう人の「目的」は、「他者との関係で傷つかないこと」>自分の短所を見つけ、自分の事を嫌いになり、対人関係に踏み出さない人間になってしまえばいい。

・人間の悩みは全て対人関係の悩み。

・劣等感は「客観的事実」ではなく、「主観的な解釈」>自分で勝手に決めている。>ハゲている>他者からは親しまれやすい。

・理想に到達できていない自分に対して、まるで劣っているかのような感覚を抱く。>優越性の追求。>「理想の自分」との比較はOK。他者との比較は不要。

・自分が権力者(学級のリーダーから著名人までさまざま)と懇意であることを、ことさらアピールする。それによって自分が特別な存在であるかのように見せつける。>優越コンプレックス。>偽りの優越感。

・自慢する人は劣等感を感じているにすぎない。

・不幸自慢>不幸であることによって「特別」であろうとし、不幸であるという一点において、人の上に立とうとする。>弱さは非常に強くて権力がある。>自らの不幸を「特別」であるための武器として使っている限り、その人は永遠に不幸を必要とする。

・健全な劣等感>他者との比較からでは無く、「理想の自分」との比較から生まれる。>今の自分よりも前に進もうとすることに価値がある。

・お前の顔を気にしているのはお前だけ。

・怒りを使わないコミュニケーションは可能。>怒る必要は無い。

・人は対人関係の中で「私は正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れている。>ブッダ>自分が正しい、自分の方が上だ等、判断しない。

・人は「この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える」と思えた時、愛を実感する事が出来る。>劣等感を抱くでもなく、優越感を誇示する必要にも駆られず、平穏な、きわめて自然な状態でいられる。>ほんとうの愛.

・一緒に仲良く暮らしたいのであれば、互いを対等な人格として扱わなければならない。

・さまざまな口実を設けて人生のタスク(①仕事、②交友、③愛)を回避しようとする事態>人生の嘘。

・賞罰教育を否定>褒めてくれる人がいなければ、適切な行動をしない。罰する人がいなければ、不適性な行動もとる。

・われわれは、他者の期待を満足させる為に生きているのではない。

・他者からの承認を求め、他者からの評価ばかり気にしていると、最終的には他者の人生を生きることとなる。

・自分と他者の課題を分離する。>誰の課題か?>その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?を考える。

・見守る事、援助する用意がある事。

・自分の期待や信頼に対して相手がどう動くかは、他者の課題。

・自分の信じる最善の道を選ぶこと。>その選択について他者がどのような評価を下すかは他者の課題。>他者の課題には介入せず、自分の課題には誰一人として介入させない。

・差し伸べれば手が届くが、相手の領域には踏み込まない、適度な距離を保つことが大切。

・「自由」とは「他者から嫌われること」>全ての人から嫌われないように立ち回る生き方は不自由極まりない生き方で不可能。>他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わない限り、自分の生き方を貫けない。>嫌われる事を怖れるな。

・対人関係のカードは常に自分がもっている。

・「共同体感覚」>他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられること。

・承認欲求に囚われている人>他者を見ているようで、実際は自分のことしか見ていない。>他者への関心を失い「わたし」にしか関心が無い。=自己中心的。

・「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。「わたし」は人生の主人公でありながら、あくまでも共同体の一員であり全体の一部。

・他者を褒めたり叱ったりする背後にある目的は「操作」。

・会社員、専業主婦は、働いている場所や役割が違うだけで「同じでないが対等」。

・劣等感は縦の関係の中で生じてくる意識。

・課題を分離したまま、自力での解決を援助する。

・横の関係に基づく援助>勇気づけ。

・褒めない、叱らない、言葉>「ありがとう」「うれしい」「たすかったよ」

・他者を評価しない。>ブッタ>自分が正しい、等しい、劣っていると他人に対して判断しない。

・人は感謝の言葉を聞いた時、自らが他者に貢献できた事を知る。>人は自分に価値があると思えた時にだけ勇気を持てる。

・人は「共同体にとって有益なのだ」と思えた時、自らの価値を実感できる。

・人から褒められるのではなく、自らの主観によって感じる事。

・「与えられた物をどう使うか」は自分によって変えていく事が出来る。

・「あきらめ」が必要。>あきらめには「明らかに見る」という意味がある。>

・物事の真理をしっかり見定めることが「あきらめ」>ブッタ>判断せず、真理なのか?有益なのか?役に立つのか?で物事を評価する。

・他者貢献する目的>自己犠牲ではない。>他者貢献をして、自分の主観において「自分は役に立っている」と感じ、「自分はここに居ても良い」と感じ、自分の居場所を見つけられると、安心、幸福を感じる。=自分の為に行う行為である。

・「わたしは共同体にとって有益である」「わたしは誰かの役に立っている」という思いだけが、自らに価値があることを実感させてくれる。>貢献感を自分で持てれば良い。

・人生とは連続する刹那。>れわわれは「いま、ここ」にしか生きるかとが出来ない。

・目的地は存在しない。

・人生とは点の連続であり、連続する刹那。物語は必要無い。>今出来る事を真剣に丁寧にやっていく。

・目標などなくて良い。「いま、ここ」を真剣に生きること、それ自体がダンス。

・人生は常に完結している。

・一般的な人生の意味は無い。>人生の意味は自分が自分自身に与えるもの。

・「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ迷う事は無いし、何をしても良い。

・誰かと競争する必要も無く、目的地もいらない。踊っていれば、どこかにたどり着く。